鉄は熱いうちに打て、若いうちに鍛える

私は、宗教的なことは二十歳の頃から学んできました。しかし学んできたことを人生に活かし切れなかったので深く反省しています。若い内から学んできても人生に活かせない。多くの方は、宗教に関心を抱くようになるのは年老いてからでしょう。年老いてから学び始めて、人生を振り返ることになる。シマッター、もっと早くから知っていれば良かったと思うことでしょう。宗教は年寄りのものと思わず、若い内からの方が後悔は少ないでしょう。

鉄は熱いうちに打てと言う。人も若いうちから鍛えた方がいい。しかし現代の若者たちは可哀想です。就職がうまくいかないと派遣の仕事に就かざるを得ない。派遣の収入では、生きてゆくだけで精一杯です。これから先の人生設計を立てられない。結婚、マイホームが夢となる。これまでの労働者であれば、当たり前だった生活が、当たり前でなくなった。日本は派遣会社の数は世界一多い。株主を優遇させる目的で、企業は人件費を減らすために、終身雇用を止めて、派遣で人を調達することになった。

生きてゆくのが精一杯の若者達を、鍛えるというのは酷に思えてならない。自殺をするのは老人ではなく若者たちです。若者は、人生で一番楽しい時のはずですが、死にたいと考える人がいるのですから、現代が如何に不安定な時代なのかと考えさせられます。経済問題だけでなく、おそらく何の為に生きているのか、生きる理由も見出せないのかも知れません。生きる理由を学べる機会は、非常に限られていそうです。世界中の大多数は貧困層です。貧困に喘ぎながらも生きています。

私が子供の頃は、親や学校の先生は、体罰で教え込んでいました。子供時代にしっかり教育しないと、生涯軟弱な人間になりそうです。しかし何時からか体罰は暴力とされ、教育の現場から消えてゆくのです。どうやらこの頃から子供達の意識が変わったような気がします。私の親が、子供に体罰をするのは、「鉄は熱いうちに打て」でした。親が体罰を通して、仕込んでくれないと、私は軟弱な人間となったことでしょう。自殺を考えたことがあると言う方は多い。しかし私は一度も自殺を考えたことはない。

少々の逆境があろうとも何とも思わず生きてきて、幸せと充実感に溢れていた。お金の苦労があろうとも、あまり落ち込むこともありませんでした。世間には、病を抱え、経済苦を抱えた方が大勢います。自分なんて何の苦労の内にも入らないと思ってきました。結局は、心の持ち方にかかっています。何億の借金を背負っても平気な方がいる一方、わずかな額で、落ち込んでしまう方もいます。生きる精神力の個人差は、どこから生じるのでしょう。

知るべきことを知らないでいるのは罪である、と言います。人はなぜ生まれてきて、やがて死んでゆくのか。何のために生きているのか。どれほど財を成しても、この世に置いて還らねばならない。この素朴な疑問に応えられる人は少ない。心に法を打ちたてられないで生きるなら、些細な困難でも意気消沈してしまうかも知れない。心に法を、人々に愛を、一人一人のひたむきな行動が、やがて大きく広がり、さらに平和な社会の到来を招いてくれることでしょう。